【現場リアル#4】「彼の幸せのほんの1ピースにでも」一人の想いから広がった、Mさんと歩む日々【後編】

前編では、息子のMさんと離れて暮らすことを選び、少しずつ親子として新しい関係を築き始めたお母様の想いをお伝えしました。
(前半の記事:https://times.visionary.day/posts/wFB-RS68)
Mさんが暮らす障害者グループホーム「NOIE IMAISE(ノイエイマイセ)」。
そこでは、Mさんの行動だけを見るのではなく、その奥にある気持ちを理解しようと、一人ひとりのスタッフが試行錯誤を重ねてきました。
なぜ、Mさんはその行動をするのか。
何を伝えようとしているのか。
どうすれば、Mさんが自分らしく暮らせるのか。
Mさんの好き、喜びを感じることは何なのか。
後編ではその問いと向き合い続けたスタッフたちの歩みを、支援記録に残された言葉とともにたどります。
「彼と向き合いたい」一人のスタッフが抱いた想い
Mさんには、NOIE IMAISEに入居した当初“慣れ親しんだ家に帰りたい“という強い想い、欲求が強くみられ、本人にとっても支援するスタッフにとっても、試行錯誤な日々が続きました。
思い通りにならないことや、気持ちをうまく伝えられないことがあると、壁や床など、場所を選ばずに文字を書くといったいわゆる落書きのような行動に現われました。
この、所構わず書くといった衝動、行動の奥には何が隠れているのか。
何を伝えたいのか。
何をすれば、Mさんが安心して過ごせるのか。
その答えを探す日々が続きました。
そんな中、Mさんのこれまでの人生や、ご家族から聞いた過去の話に触れたスタッフの松尾さんは、支援記録にこう残しています。

『僕がNOIE IMAISEに配属されたばかりの頃、
Mくんはガリガリに痩せてて食べれないものも多く、こだわりから手袋を外すことができなくて、語彙がなくて携帯ゲーム機の文字を通してたまーに会話ができるといった印象でした。
ここに来るまでお母様から壮絶な過去を聞き、彼と向き合ってみたいな。
そんな風に思いました。』
目の前の行動だけを見ていても、Mさんのことは理解できない。
これまで、どんな場所で暮らし、何を経験し、どんな想いを抱えてきたのか。
もっとMさん自身を知りたい。
その想いから、松尾さんはお母様に何度も話を聞きました。
Mさんが好きなこと、苦手なこと、子どもの頃の様子、これまでの生活。
写真や思い出も手がかりにしながら、少しずつMさんの姿を知ろうとしました。
さらに、Mさんが育った場所や、かつて通っていた場所にも足を運びました。
支援のための情報を集めるだけではありません。
Mさんが見てきた景色を、自分たちも見てみる。
Mさんのこれまでを知ることから、今のMさんを理解しようとしていたのです。

「涙のお別れ。そして・・・」
入居当時のMさんの願いは、「慣れ親しんだ家に帰ること」
帰りたい、という気持ちからグループホームでは食事、排泄など生活に関わるほとんどのことが思うようにすることが難しく、時には他害もありました。
___グループホームでの安定した生活に向けてどうするべきなのか。
NOIE IMAISEにとどまらず関係機関すべてのスタッフで話し合いが行われました。
『彼のお母様、相談員さん、担当者のみなさん。全員で選んだ道は苦渋の選択。お母様と離れること。彼のこれからの人生を想っての選択でした。』お母様から預かった手紙をMさんの前で読み上げる。
それは、彼に「現実」を突きつけるということ。
どんな反動が大きくあらわれるのだろうか。
スタッフも覚悟を持って臨んだと言います。

『泣いた。
みんなで泣いた。
誰もそんなことしたくなかったんだけど・・・でもどうしようもないから。
少しでも前向くにはどうしたらいいの?
涙のお別れ。』「家にはもう帰れない」
そのことを知ったMさんには大きな反動が出ました。
支援記録には、こんな言葉が残されています。
『彼の感情表現は筆だった。
言葉にできない気持ちが溢れたら、床に書いて、クロスに書いて、メモ帳に書いて、時には……破壊。』

壁や床に文字を書く。壁の破壊。
それは、一見スタッフからすると困りごと、問題行動として捉えられてしまいがちです。
けれど、もしそれが、言葉にできない気持ちを何とか伝えようとする表現だったとしたら。
行動を止めることだけを考えるのではなく、その行動の奥にある想いを知ることが必要なのではないか___
松尾さんは行動の奥にある想いを知る、そして寄り添う支援を行うと決めたと話します。
「彼の為に何ができるんだろう?何考えてるんだろう?」記録に残されたその問いからは、すぐに答えが出なくても、Mさんを理解することを諦めたくないという想いが伝わってきます。

もちろん、気持ちを理解しようと思っても、すぐに分かるわけではありません。
関わり方を変えても、思うようにいかないことはあります。
それでも、松尾さんたちは考え続けました。
「1ミリでも事が動けばいい」
大きく状況を変えることだけが、前進ではない。
昨日とは少し違う反応が見られること。
今まで難しかったことに、一歩近づけること。
そんな小さな変化を見つけながら、Mさんとの関係を積み重ねていきました。

Mさんを知りたい。一人の想いはやがてチームみんなの想いへ。
Mさんを知ろうとする取り組みは、一人のスタッフだけで完結するものではありませんでした。
『話した。お母さんにしつこいくらい聞いた。
時には一日50件以上やりとりしたかもしれない。
・好きな物教えてください
・幼少期の話教えてください
・トラウマをすべて教えてください
・昔の写真ください
・ヒントになるもの全部教えてください
・こんな時間に電話してすみません、時間ください
しつこいくらい聞いて、試した。』松尾さんが気づいたことやお母様に聞いた関わり方を、ほかのスタッフにも伝えていく。
一人ひとりが見つけたMさんの姿を共有し、チームで考える。
そうして、少しずつスタッフの間にも変化が生まれていきました。
それまで、Mさんの行動に対して理解が追いつかなかったスタッフ達。
それが、次第に変わっていきました。
困った行動だけではなく、Mさんらしさにも目を向けられるようになっていったのです。
一人のスタッフが見つけたMさんの一面が、チームのなかに広がっていく。
それは、Mさんへの関わり方そのものが変わっていくことでもありました。
目の前の行動にどう対応するかだけではなく、Mさんが何を好きで、何を楽しみ、どんなときに安心できるのか。
スタッフ同士で共有しながら、支援を考えるようになっていきました。
一人では分からなかったことも、チームで見つめることで、気づけることがある。
Mさんのことを知ろうとする姿勢が、少しずつチームの支援につながっていきました。
「コナンくんが大好きなんだって。」
Mさんの好きなものを知ることも、関係を築くための大切な手がかりでした。
支援記録には、こんな言葉が残されています。
「コナンくんが大好きなんだって。」好きなものの話を聞き、どうしたら一緒に楽しめるだろうと考える。
映画館へ一緒に行くことが難しい時期には、パンフレットを見ながら映画館の気分を味わうこともありました。
「映画は一緒にいけないけど、パンフレットをみてポップコーンを準備して一緒に映画館の気分をしてみた。」
すぐに希望をすべて叶えられるわけではありません。
けれど、できないからと諦めるのではなく、今できる形を考える。
Mさんの「好き」を入り口に、楽しみや経験を少しずつ広げていきました。
また、通院に行くこともMさんにとって大きな負担となる場面の一つでした。

措置入院などの過去の辛い記憶から病院へ行くことや、診察を受けることに強い抵抗を示すこともありました。
そんなとき、スタッフはMさんのそばにいて、「大丈夫だよ」と声をかけ続け、終わった後には楽しいことをしようと伝えました。
そして苦手な病院の後、立ち寄ったのがMさんが大好きなマクドナルドでした。

Mさんの好きな食べ物を楽しむ時間をつくる。
苦手なことを乗り越えた先に、楽しみが待っている。
そんな経験を重ねることが、次の一歩につながっていきました。
支援記録には、スタッフのこんな言葉も残されています。
「今がチャンス!そんな気がして」Mさんの様子を見ながら、誘ってみる。
反応を確かめながら、次の関わりを考える。
小さなきっかけを見逃さず、挑戦の機会につなげていきました。
そして、記録には、
「外出!外出!外出!!」という弾むような言葉とともに、こんな記録も残されていました。
「念願のマリオとコナンをみにいくことができました!!!!」

以前は難しかった外出が、少しずつ実現していく。
好きなものを楽しむ経験が、Mさんの暮らしに新しい選択肢を増やしていきました。
目指しているのは、ただ「行動が落ち着くこと」ではない
Mさんとの関わりを重ねるなかで、スタッフたちが大切にしてきたのは、目の前の行動をなくすことだけではありませんでした。
何が好きなのか。
何が苦手なのか。
どんな経験が不安につながるのか。
そして、どうすれば安心して過ごせるのか。
一人ひとりが考え、関わり、その気づきをチームで共有する。
すべてが思いどおりに進むわけではありません。昨日できたことが、今日もできるとは限らない。新しい関わり方を試しても、うまくいかないこともあります。
それでも、Mさんのことを知ろうとする姿勢は変わりませんでした。
支援記録には、こんな言葉が残されています。
「誰も彼に苦手意識を持たず、いいところを探し続けた。」

うまくいかないことがあっても、Mさん自身を否定しない。
困ったときこそ、その人の別の一面を探してみる。
そして、一人で抱え込まず、チームで考える。
そうした積み重ねが、スタッフにとってもMさんにとっても、新しい関係をつくっていきました。
Mさんの暮らしは、今も変化の途中です。
だからこそ、支援にも終わりはありません。
今の状態をゴールとするのではなく、これからもMさんを知り、よりよい暮らしを一緒に考えていこうとする姿勢が表れています。
「彼の幸せのほんの1ピースにでも」
MさんがNOIE IMAISEで暮らし始めた頃、お母様にとっても、スタッフにとっても、先の見えない日々がありました。
Mさんが家に帰りたいと願うなかで、スタッフはどうすれば安心して暮らせるのかを考え続けました。
お母様もまた、Mさんと離れて暮らすことへの葛藤を抱えながら、少しずつ新しい親子の関係を模索してきました。
今では、お母様が毎週の面会を楽しみにできるようになり、Mさん自身も、好きなことを楽しみながら日々を過ごしています。
もちろん、これですべてが解決したわけではありません。
これからも、Mさんとご家族、そしてスタッフが、それぞれの想いを大切にしながら関係を築いていきます。
松尾さんは、支援記録にこう残しています。
「彼の幸せのほんの1ピースにでも僕たちスタッフがなれたら」
Mさんが好きなことを楽しめるように。
自分の気持ちを表現できるように。
安心できる場所で、自分らしい時間を重ねていけるように。
その幸せの一部を、一緒につくっていくことはできます。

一人のスタッフが抱いた「もっと彼を知りたい」という想い。
その想いがチームへと広がり、Mさんの好きなことや、できること、楽しめることを一つずつ見つけてきました。
そして、その歩みは今も続いています。

Mさんの幸せを、誰か一人が背負うのではなく、チームで考え、支えていく。
その積み重ねが、Mさんにとっての「自分らしく暮らせる場所」をつくっていくのだと思います。
Mさんの幸せの、ほんの1ピースにでも。
ビジョナリーのスタッフは今日も、Mさん、そしてほかのご利用者様に向き合い続けています。


