【現場リアル#4】 「ただ、人間らしい生活を送ってほしい。」 家族だけで抱えた過去から、息子の幸せを考えられる現在へ【前編】

2026/10/22

「この子に、いろんな経験をさせてあげたい」

幼い頃から自閉症という障害のあるMさんの毎日に寄り添ってきたお母様。

言葉がなかなか出なかった幼少期。

強いこだわりや、予定の変更が苦手なこと。

学校生活の中でのつまずき。

そんなMさんにまつわるたくさんの不安や課題抱えながらも、
毎日の通学や学校行事への参加に妥協をせず、できることを一つずつ増やしていくために、ご家族はさまざまな工夫を重ねてきました。

それは、Mさんの人生を支えるための時間であると同時に、ご家族自身の生活の多くを費やす日々でもありました。

そして今、Mさんは愛知県一宮市にある障害者グループホーム「NOIE IMAISE(ノイエイマイセ)」で暮らしています。

今回の【現場リアル】では、Mさんのお母様にこれまでご家族だけで支えてこられた日々を振り返るとともに、障害者グループホーム「NOIE IMAISE」での暮らしが始まってからのMさんご本人やご家族の変化について、お話しいただきました。


「どうしたらいいんだろう」家族が抱えてきた時間

Mさんは、自閉症の診断を受けながらも、できる・得意なことがたくさんあったと話します。

幼い頃から言葉が出るのはゆっくりでしたが、目で見たものを覚え、形にすることがとても得意。保育園の頃には、音楽に合わせて踊ることができたり、次第に細かな絵を描くようになりました。

お母様『細かな絵が得意なMくんの中には描く前から完成図があって、それを見ながら描いているのかなと不思議に思うくらい絵が得意で、ほかにも運動会や発表会のダンスも見たものを真似することが得意なのでとても上手でした。』

ーー見たものを記憶し、それを絵やダンスといった表現方法で再現することが得意なMさん。幼い頃からMさんの得意なことや個性を大切に見守ってこられたのですね。


お母様『その一方、予定外のことや、いつものルーティーンと違うことは苦手。生活の中でサポートが必要なことが多くありました。』

それでもご家族は障害があるから「経験させない」のではなく、どうすれば経験できるのかを考えつづけてきました。

その一つが、横断歩道を渡るという経験。

お母様『小学校に行く通学路で、どうしても家の前の大きな横断歩道を渡らないといけなくて。学校からは毎日の登下校には保護者の付き添いが必要だと言われていました。それでも”一人で横断歩道を渡れるようになってほしい。”
その想いから、療育施設や家庭で何度も練習を重ねました。』

第一歩目の練習は『待つ』こと。
療育施設では、お菓子を使いながら『待つ』練習をしました。
休日には療育施設で実践いただいていることを家族で繰り返し行いました。実際に信号のある交通公園で道路と同じ環境下で“信号が変わったら渡る“練習を繰り返しました。

渡る際に見る信号はどれか。
場所、色、渡るタイミング、一つずつをMさんと一緒に確認していきました。

お母様『ある日、学校からの帰宅時間が近づき、家の窓から通学路を見ていると、Mくんが一人で横断歩道の向こう側に立っている姿が見えました。

横断歩道に立つと車が止まってくれ、運転手が「行っていいよ」と合図をしても、すぐには渡らないで待っていました。
車が通り過ぎたあと、Mくんは手を挙げて、横断歩道を渡ったんです。
それを見たときは、練習の成果が出ていて感動しましたね。』


お母様『中学生になると地域の中学校の支援クラスに通いながら、日常生活の練習や自立に向けた支援を受けられる施設にも通い、ほかの子どもたちと共に療育や訓練に取り組んできました。そこで数字の読み書きや時計も読めるようになりました。』


お母様は学校行事にも、できる限り参加させました。
修学旅行、野外学習、スキー学習。

お母様『行きたくない、となることもありました。それでも大人になったら、こういう経験はなかなかできないからと、できる方法を探しなるべく参加させ続けてきました。
スキー教室では、リフトに乗り上から滑り降りてくることもできたんです。』

何度も何度も練習を重ね、少しずつ、できることが増えていく。

うまくいかない日もありながら、一歩ずつ前に進んできたMさん。

できなかったことができるようになる、その一つひとつの経験を積み重ねてきました。

しかし、成長とともに状況は少しずつ変わっていきます。

身体が大きくなり、力も強くなっていったMさん。

思春期を迎える頃には以前よりも激しい行動が見られるようになりました。

お父様には手をあげることがなくても、お母様に向かってくることが増えていったといいます。

身体の成長だけでなく、思春期を迎えるなかで、本人の気持ちや行動にも変化が現れていく。
ご家族にとっては、これまでとは異なる関わり方が求められるようになり、戸惑いや不安を抱える日々でもありました。

そんな日々の中、「このまま家族だけで支えるのは難しい」

そう感じたことがグループホームを探すひとつのきっかけになりました。

家族の生活も、少しずつ追い詰められていった

Mさんが最初に入居したグループホームでの生活は、ご家族が思い描いていたものとは違いました。

お母様は、当時をこう振り返ります。

お母様『初めて入居した施設では、常に職員の人手が足りず、Mくんの部屋も掃除が行き届いていないような状態。そのため休みの日には施設へ行って、私が掃除をすることが当たり前になっていました。』

また、施設に通っているとMさんが以前より痩せていることにも気がつきました。

お母様『食事を十分に取れていないのか、それとも自宅にいた頃よりも健康的な食事に変わったからなのか。どんどんと痩せていく理由がわからず、ただただ不安でしたね。』

心配なことがあり、施設に電話しても繋がらない。LINEの返信もない。


お母様は自宅と施設を行き来しながら、Mさんの生活を気にかけ続けていました。

さらに、Mさんが使う布団がすぐに汚れてしまうため、何枚も買い替えるよう求められたといいます。

お母様『Mくんの布団を何枚買い替えたかわかりません。布団も決して安いものではありません。そのころは、本当にMくんの布団のために働いているみたいでした。』

グループホームへの入居によって、ご家族に安心できる時間が生まれるはずでしたが
実際には心配や対応しなければならないことが絶えず、家族の負担は少しずつ大きくなっていったと話します。

そして、さらにご家族を追い詰める出来事が。



お母様『入居していた施設の修理にともない、一時的に別の施設への引越しが必要になりました。もともと「環境の変化」が苦手だったMくんは別の施設での生活が難しく、スタッフにも他害を繰り返してしまったことから病院での措置入院という判断に。
しばらく入院生活を送ることになりました。』

しかし入院してから、Mさんの状態はみるみる悪くなっていきました。

お母様『入院の日、Mくんを乗せた車が到着した駐車場には看護師や医師の方が数人待っていました。
それを見てMくんは動揺し激しく暴れてしまい、大人が数人がかりでMくんを抑えて病院内へ。
そんな状態ですから投薬で落ち着かせるしかなく、Mくんは食事をとることもできず、痩せていき、ついには立ち上がれない状況に。
日に日に表情にも活気がなくなっていきました。』


「いつまでここにいるのだろうか、Mくんはどうなってしまうのだろうか」

お母様自身も、そんな不安を抱えていたといいます。

だからと言って退院させても家族だけでは抱えきれない。

どこに頼ればいいのかも分からない。

そんな不安な日々を過ごしていました。


「わらにもすがる思い」で出会った障害者グループホーム「NOIE IMAISE」

そんな中、Mさんを担当する相談員さんから紹介されたのが、障害者グループホーム「NOIE IMAISE」でした。

「一刻も早く、病院での生活から脱却したい」

そんな思いで、NOIEへの入居を決めました。

不安がなかったわけではありません。
以前の施設での経験があったからこそ、期待だけで入居を決められる状況ではありませんでした。
それでも、相談員がつないでくれた縁を頼りに、Mさんの新しい生活が始まりました。

お母様『相談員さんから新しく開所する施設があると紹介してもらったのがNOIE IMAISEでした。
病院での生活から抜け出し、Mくんに人間らしい生活を送ってほしい。
健全な親子の関係を築きたい。私たちの願いはただ、それだけでした。
』



「Mさんの好きなことを知りたい。」チームで取り組んだ”受け入れ”期間

障害者グループホーム「NOIE IMAISE」の施設責任者であり、Mさんの受け入れを決めた吉田さんは受け入れ時の想いをこう語ります。

吉田さん『相談員さんからMさんの病院での状態や、ご家族のお話を受けて当施設での受け入れを決めました。

過去には嫌な思いをされていた経緯も知っていたので、せっかく僕たちのグループホームを選んでくれた以上は、同じ思いは二度とさせないと心に決めましたね。
 

Mさんの受け入れ当初、覚悟はしていましたが環境の変化や、Mさん自身もこのグループホームで暮らしていくということを認知した段階で、反動から破壊行為などが続いてしまう時期もありました。』

施設に入居してからの約3ヶ月間、Mさんは「家に帰りたい」という思いが強く、その想いから物を壊してしまうことが多くあったと吉田さんは振り返ります。

どうすれば、Mさんにとってこの施設がNOIEのコンセプトである「ここはアナタのイエ」「Mさんにとって自分の家」になるのか。

どうすれば、「家に帰りたい」というMさんの気持ちと、
ご家族が望む「健全な親子の関係」の両方を大切にできるのか。

そこでスタッフは、ご家族からMさんの幼少期の話を聞き、どんなことが好きだったのか、どんな経験が苦手だったのかを一つずつ情報を集めていきました。



スタッフの松尾さんは、Mさんが過ごした場所まで実際に足を運んだと言います。

松尾さん『Mさんが幼い頃に通った保育園や小学校。お母様と練習した横断歩道。
アセスメントでの文章だけではなく、Mさんがこれまで見てきたものを自分も見てみよう。そんな思いで、Mさんのこれまで見てきたものを体験してみることにしました。』



破壊行為など、「困った行動をなくす」のではなく
「その行動には何か伝えたいことがあるのではないか」と考えるように。



松尾さん『例えば、壁にペンで絵を描く行為。
ペンに変わる表現方法は何かないのか。
トライアンドエラーを繰り返す中で、少しずつMさんにも変化が生まれていきました。』

絵や文字を書く行為。それがMさんにとっては自己表現の一つだったのかもしれないと考え、どうすれば表現する方法を残しながら、暮らしやすくできるのかを試していきました。

松尾さん『壁に書くことは一般的な常識に当てはめればやってはダメなことかもしれません。それでも言葉で伝えられないMさんにとっては、壁に想いを書くことしか自己表現の方法がない。

だから私たちスタッフも一般的な「こうあるべき」にMさんを当てはめるのではなく、Mさんが持っている得意なこと、好きなことを見つけていくことにしました。』


強みを活かしながら、少しずつ生活の幅を広げていく。

それが、MさんとNOIEの新しいスタートになっていきました。



「健康なMくんに会えた」入居から約半年ぶりの親子の再会

入居後しばらくの間、相談員・支援アドバイザーとご家族はMさんのためにある決断をしました。

それは、「ご家族とは会わない」ということ。

お母様『Mくんに会いたい。
でも、会うことで本人がつらくなってしまうなら、今は我慢しようと距離を置く選択をしました。

NOIEの玄関先に荷物を持ってくるが、Mくんには会わずに帰る。

さまざまな想いが込み上げてしまい、玄関先で号泣した日もありました。』

会えない期間もNOIEのスタッフから届く写真や動画を通して、Mさんの様子を見ていたと話すお母様。

そして9月。

久しぶりにMさんと再会する日がやってきました。

そこで見たMさんの姿に、お母様は驚きました。

お母様『Mくんに会えた時、本人の表情もそうですが施設の他の利用者の方と同じテーブルでお菓子を食べたり、同じ時間を過ごす姿に驚きました。』


以前は、ほかの利用者様と同じ空間で過ごすことさえ難しかった。

それが今は、みんなと一緒に座っている。

自分から部屋の外に出ている。

笑っている。

ご飯を食べている。

お母様『Mくんが、人間らしく生活することができている。』

外出することがご家族のストレスになるほどに大変だった以前の記憶から、お母様の予想もしなことができるようになっている姿に、そして穏やかに暮らすMさんの姿に心から驚いたと話します。

「NOIEにいる友達」と一緒に過ごす中での経験が、一つずつ積み重なって今のMさんの姿になっているのだとNOIE IMAISEのスタッフのみなさんは口を揃えて言います。

Mくんの変化の中でも特に印象的なのが、
病院から帰ってきた後にスタッフと初めて外出した日のこと。

苦手な病院や注射を頑張ったMさんにスタッフが「マック食べに行かない?」と声をかけると、Mさんは頷きました。

松尾さん『彼が好きなメニューはお母様から聞いていたので、知っていました。
テリヤキバーガー、ポテト、コーラ、チキンナゲット。
Mさんが好きなものを一緒に食べました。』

苦手なことに挑戦したあと、好きな食べ物を食べることができた。
その経験がMさんの成功体験につながり、次の外出へとつながっていきました。

松尾さん『好きなことと、苦手なこと。その二つを掛け合わせたときに、「好き」が「苦手」を上回ることがあると思うんです。

例えば、以前はMくんが幼い頃から苦手だった「神社」。

偶然にも施設近くの自動販売機は神社の目の前でした。
そのことを利用して自販機へ行くたびに、神社のそばでジュースを飲む。

「ここに神社があるね」と、少しずつその場所に慣れていく。

そうしているうちに、Mさんはその神社へ入ることができました。』

苦手なものを無理に克服させるのではなく、「好き」を入り口にして、できることを増やしていく。

お母様『Mくんの苦手な神社でお参りしている写真がスタッフさんから送られてきて、本当にびっくりしました。』


息子に穏やかな時間ができた。そして、家族にも時間ができた


MさんのNOIEでの暮らしが変わったことで、変わったのは本人だけではありません。
お母様の生活にも、少しずつ時間が戻ってきました。

お母様『仕事が忙しいのでまだゆっくりはできませんが、少しずつ自分の時間を持てるようになりました。』

以前は、仕事が休みの日にはMさんの施設へ行く日々。

必要なものを買う。

掃除をする。

心配だから様子を見に行く。

そんな生活を繰り返していました。

今は、MさんがNOIEで楽しそうに過ごしていることが分かる。

写真が届く。

動画が届く。

スタッフから、その日の様子を教えてもらえる。

「今日はちゃんと寝ているな」

「今日は外に出たんだな」

離れていてもMさんの日々の様子が分かるようになりました。

お母様『以前は渡すこともできなかったゲーム機。
落ち着いた今ではゲーム機も渡し、見守り機能を使うことで離れて暮らしていても”今、起きてゲームしているな、今は使っていないから多分寝ているのかな”
そんな風にMくんの日々の様子も分かるようになりました。』

それが分かるだけでも、お母様にとっては安心につながります。


今では、週に一度NOIEへ会いに行くことが楽しみになっています。

以前のように「何か起きていないだろうか」と確認しに行くのではありません。

「今日はどんな顔をしているかな」

そんな気持ちで会いに行ける。

それは、家族にとって大きな変化でした。


「過保護にならない」新しい家族の距離


家族だから、会いたい。

家族だから、そばにいたい。

でも、本人にとっては、家族と会うことがつらい時間になることもある。

そのことを、今回の経験を通して、お母様は少しずつ実感していきました。

「会いたいけど、本人の方が辛いなら、私は我慢しよう」

以前とは、Mさんとの向き合い方も変わってきました。

家族には家族の暮らしがある。

どちらかが我慢し続けるのではなく、それぞれが自分の人生を大切にしながら、親子としてつながっていく。

そのための距離を、今まさに探しています。

松尾さん『これまで外出するときに必要だった「安心できるものがたくさん入ったバッグ」が、最近はお母様が書いた一枚の手紙に変わってきました。
「いつお母さんが来るのか」を手紙で確認することで、彼の安心に繋がっているのだと思います。』

お母様が書いた手紙を大切に持ち、日付や次に会える日を確認する。
「今度いつ来るか」が分かる。

それだけでも、Mさんにとっては安心できるのかもしれません。
本人が安心できるものを残しながら、少しずつ荷物を減らしていく。

「会う」という行為だけではなく、「つながっている」という感覚そのものが、二人の新しい関係をつくっているのかもしれません。


「一緒にご飯を食べに行けたら」

今、お母様がMさんと一緒にしたいことを尋ねると、返ってきたのは、とてもシンプルな答えでした。

お母様『一緒にご飯を食べに行けたらいいなって思っています。
以前なら、外出するだけでも大きな準備が必要で、結構ストレスでした。
時間を合わせ、持ち物を準備する。
映画やショーなど決められた時間に行かなければならないものは、その予定通りに動けるようにする。
うまくいかないことがたくさんありました。』

だからこそ、今は「一緒にご飯を食べる」という小さな願いが、とても大きな意味を持っています。

特別な場所でなくてもいい。

遠くへ行かなくてもいい。

一緒に出かけて、好きなものを選んで、一緒に食べる。

そんな時間を、いつかまた当たり前に過ごせたら。

それは、Mさんにとっても、お母様にとっても、新しい親子の時間になるのかもしれません。

そして、今のMさんには、自宅のほかにもう一つの「居場所」があります。

NOIEで、スタッフやほかのご利用者様と過ごす時間。

一緒にご飯を食べる。

外へ出る。

好きなことを楽しむ。

「ノイエは、Mくんの家」

NOIEがMさん自身の生活をつくる場所になってきました。

そしてお母様もまた、息子の人生を支えることに精一杯だった時間から、自分自身の人生にも目を向けられる時間へ。

それは、「家族が楽になった」という一言では表せない変化なのかもしれません。

Mさんの人生にも、家族の人生にも、それぞれの時間が戻ってきた。

今は、その二つの人生が、ちょうどいい距離でつながり始めています。

最後に、お母様に「以前の自分と同じように、一人で悩みを抱えているご家族へ伝えたいこと」を尋ねました。

お母様『私もグループホーム探しにはとても苦労しましたし、離れて暮らす決断をする辛さもよくわかります。

身近にも、障害のあるお子さんのことで悩んでいる友人がいます。

だからこそ、早いうちからグループホームでの生活に少しずつ慣れていくことは、お子さんにとっても、支える親にとっても、とても良いことだと実感しています。

こんなにMくんが落ち着いて暮らせる日が来るなんて思ってもいなかったので、NOIEに出会えて、本当に感謝しかないです。』


家族だけで抱えなくてもいい。

一緒に考えてくれる人がいることで、本人の暮らしだけでなく、家族自身の人生にも、もう一度時間が戻ってくることがあります。

Mさんの人生にも、ご家族の人生にも、それぞれの時間が戻ってきた。

今は、それぞれの場所で自分らしく暮らしながら、親子として新しい関係を築き始めています。

そして、その変化のそばには、Mさんのことを知ろうとし、試行錯誤を重ねながら向き合い続けてきたスタッフたちの存在がありました。

言葉にできない気持ちを、どう受け止めるのか。
目の前の行動だけでなく、その奥にある想いを、どうすれば理解できるのか。

Mさんの「これから」を考え続けたスタッフたちは、どのように一人ひとりの関わりを重ね、チームでの支援につなげていったのでしょうか。

【後編】では、支援記録に残された言葉とともに、Mさんと向き合ってきたスタッフの想いをたどります。

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