皆さんこんにちは〜😊本日のTIMESは、”鉄人"として知られる笠井雄斗さんに注目!!!27歳でありながら介護歴6年半の笠井さんは、グループホームNOIE MINOKAMOのサブリーダーとして活躍中。他業種からの転職者が多い中、笠井さんは一貫して介護の道を歩んできました。その経験と人間性が高く評価され、入社1年半で訪問介護HIDAMRI ICHINOMIYA、障害者専用住宅WeeW、そしてNOIE MINOKAMOの立ち上げに関わるなど、幅広い経験を積んでおり、更にはフィットネス実業団入りを目指す一人でもあります。口数は少ないものの、信念を貫く姿勢はまるで“鉄人“と呼ぶにふさわしく、周囲に大きな影響を与えています。笠井さんをNOIE MINOKAMOの立ち上げメンバーに推薦した小森リーダーも、『笠井一択でしたね!』とその能力を高く評価しています。今回は、そんな介護一筋の笠井さんをご紹介!!それではレッツ鉄人~!!!ーー専門学校卒業後から介護一筋ですが、もともと就きたかった職業なのですか?『第一志望は保育士』中学2年生の職場体験で、最初に保育園を希望しましたが定員オーバーの為、介護施設に行くことになりました。職場体験先の介護士さんが熱く語ってくださる方で“介護は利用者様を幸せにできる仕事“ということが深く刻まれました。中学2年生の職場体験に行くまでは介護について興味もありませんでしたし、知らなかった。社長がよく話されている、“世間が抱く介護の悪いイメージは知らないだけ。実際に介護に触れてもらえれば良さはわかる“とはまさにこのことだなって。 『どこの施設も一緒でしょ』その後の就職活動で介護士としての就職先を探す際、施設掲載一覧をもらいました。ズラズラと施設名が記載されており、各施設の違いが全くわからなかった(笑)どこの施設も同じなんだろうと見ていたら中学2年生で職場体験でお世話になった施設を見つけ就職を決めました。ーー介護の魅力に中2で気がつくのは早い!感受性が豊かな方なのですね。そして職場体験で行った施設に就職とは、運命的ですね!そうなんです。その施設で5年間働かせていただいたきとてもお世話になりましたし感謝しています。基礎や技術の面でスキルアップできたと思います。ただ、同じ介護業界でもやはり群を抜いてビジョナリーが楽しい! ーーーどんな点が楽しいと感じますか?『自然と気を使う環境』大きく違うことは、以前は高齢介護。ビジョナリーは障害福祉。同じ介護でも考え方そのものに違いがあるなと。次にスタッフの年齢層ですね。以前の職場では歳が一番近い方で10個上。親より歳上の方も多く在籍していました。ビジョナリーに入社してから気がついたのですが、自然と気を使う環境だったなと。ビジョナリーのイズムに“配慮はするが遠慮はしない“とありますが、以前は“配慮もするし遠慮もする“真逆の環境だったのかもしれない(笑)そもそも相談相手がいなかったので何事も自分の中で解消していくしかなかった。ビジョナリーでは同年代のスタッフ同士、普段の何気ないコミュニケーションから情報共有や悩み解消ができているので人間関係について本当にストレスフリーで仕事をさせていただいています。 ーーーなるほど。ビジョナリーに入社したことで介護業界の常識が覆ったのですね。そもそもなぜビジョナリーへ転職されたのですか?『介護職は辞める』以前の職場では3年目に副主任に。年上の従業員の方々が事実上、僕の部下となりました。その日から経験が長い方達の機嫌をとることが最優先。言いたいことを言うことが許されないもどかしい日々が続き、仕事だけに集中する環境ではなくなってしまったのです。 退職を決めた時は、どこの施設で働いても同じ状況が待っているのだろうと、介護業界を離れようと他業界への転職を考えていました。ところが、親は大反対・・・。そんな時にビジョナリーがテレビで紹介されているのを目にしました。トレーニングを始めた時期だったこともあり、“マッチョ介護士“という見出しに釘付けに(笑)ビジョナリーの存在を知ったことで、もう少し介護を続けてみようという気持ちと、新たに始めたトレーニングを真っ直ぐ頑張ろうという、2つの気持ちが芽生えました。僕にドンピシャの会社がある!と、テンション上がりましたね(笑) ーーーこれまた運命的なタイミングでビジョナリーを見つけられましたね!!元々フィットネス実業団にも興味を持たれていたのですね。『親友との約束』実は入社直後、親友が突然命を落としました。原因は未だ不明で自ら命を絶った可能性も。振り返ると、会話中の違和感や元気のない素振りがあったことに気がつき、心の底から後悔しました。あの時、一言声をかけてあげられたら違う未来が待っていたのかな、生きていたのかなと何度も何度考えました。伝えたいことも伝えられないまま親友はこの世を去ってしまったのです。この経験から今日お会いする方が明日必ずしも再会できるとは限らないことを痛感しました。だからこそ、僕と関わる全ての方の何気ない一言も漏らさず、耳を傾け続けることを胸に決めています。 トレーニングを始めるきっかけとなったのは親友でした。『一緒にステージに立とう』という約束を果たす為、実業団入りは親友の想いも背負っての目標なのです。ーーー強い意志の中から優しさが垣間見れるのはそのようなご経験があったからなのですね。『9ヶ月の減量期間』トレーニングを初めて2年弱ですので去年は基礎を固める一年としました。まずは場数を踏むことに。様々な大会にエントリーし減量は9ヶ月間続きました(笑)大会数を重ね、減量方法のトライアンドエラーを繰り返しながら自分の体に最適なメニューや食事管理の調整ができるよう準備してきました。今年はここに筋量、重量を乗せていこうと思っています。ーーー減量期間9ヶ月はすごいですね・・・鉄人と呼ばれる理由がわかってきました(笑)トレーニング面、介護現場、どちらもかなりの努力家であると耳にしましたが、何か理由があるのですか?『全国展開を肌で感じている』仰る通りです!9ヶ月間の減量期に鉄人と呼ばれることが増えましたよ(笑)ビジョナリーに入社してから本当に仕事が楽しいのです。介護経験があるなし関係なく、そもそも人として上昇意欲があるスタッフが多い。結果、魅力的な方ばかり。そして亡き親友から学んだ“関わる方の些細な声に耳を傾ける“という僕の根底にあるものを大切にできる環境だと思っています。ビジョナリーに入社して1年半ですが、多くの経験をさせていただいています。今回、NOIE MINOKAMOの立ち上げメンバーに選んでくださったことは本当に嬉しかった。VISIONMAPの“福祉で世界を動かす“為の一つの手段にビジョナリーが全国に展開していくことが挙げられますが、新規店舗の立ち上げを通して、会社と共に自分も成長していると肌で感じられるのです。社長が掲げる目標に、スタッフが全力で向かう姿は心動かされますし、自分もその一人で居続けたいと強く思います。 『家族はビジョナリーの大ファン!』他業界への転職に大反対だった母は、ビジョナリーに入社したことをとても喜んでいてくれています。ビジョナリーの大ファンでメディア出演やSNSはマメにチェックしているようです。スタッフの個人アカウントもフォローしていてめちゃくちゃ詳しい(笑)もちろん丹羽社長のことも大好きです(笑)去年開催されたAPF VISIONARY CUPには家族で応援に駆けつけ、ビジョナリーの雰囲気を直に感じ取ってくれたそうです。家族も応援してくれているので突っ走るのみですね!!!《APF VISIONARY CUPについて》 ーーーご家族が応援してくださるのは心強いしさらに気合いが入りますね!今後の目標をお聞かせください!『プロ意識』実際に今サブリーダーとなり、まだまだ未熟だと痛感させられています。一つ意識していることは常に最悪な事態を想定しながら介護現場に入っています。トライアンドエラーという言葉がありますが、自分は介護現場においてはエラーをしないために最善をつくします。エラーしてしまったら取り返しがつかないことに繋がるのが介護現場。不安だから様々な側面から考えますし慎重になる。不安から生まれるトラブル回避もあると思っています。リスクマネジメントを怠らないという面は自分の一つの強みですので、これを利用者様やご家族の安心材料にしていきたい。そしてプロとして常に100%のパフォーマンスを届けられるように。自分が介護される立場だったら、どんな人に介護されたいかを考えながら利用者様と向き合っていきたいと思います。そして僕が実業団に入ったら“介護技術枠“はいただく予定です(笑)イケメン枠やお笑い枠はお譲りします!!ただ、介護知識、技術が伴う“真のマッチョ介護士“は僕と言っていただけるように、今後も介護現場とトレーニングどちらも手を抜かずに突き進んでいきます。