【現場リアル#2】グループホームへの入居なんて考えてもいなかった。"当たり前の日常"を取り戻した、ある家族の物語。 


「息子さんの卒業後の進路はありません。」

高校3年生の春。
支援学校の先生から突然そう告げられたことが、この家族の人生を大きく変えるきっかけになりました。

今回お話を伺ったのは、障害者グループホーム「NOIE CHIRYU(ノイエチリュウ)」を利用されているRさんのお母様、相談支援専門員の細川さん、そしてNOIE CHIRYUのサービス管理責任者の木村さんです。

"家族だけで支え続けることが当たり前”だった日々から、地域全体で支える暮らしへ。

そこには、一つの決断が家族全員の人生を変えた物語がありました。

「何も、困っていない」と思っていた。

Rさんは高校3年生まで、ご家族と暮らしていました。

平日は支援学校へ通い、休日は自宅で過ごす。

お母様にとってもRさんにとっても、それが"当たり前の日常"でした。

お母様『18年間ずっと一緒だったので、この子が私と離れて暮らすなんて、私が死ぬまでないと思っていました。』

突然、学校の先生からグループホームという選択肢を提案されたときも、正直何を言われているのか理解できなかったと言います。

お母様『グループホームではなく、家で暮らせばいい。』

それがお母様の率直な気持ちでした。

"困っていない"と思っていた理由

振り返ると、生活している上での困りごとはたくさんありました。


家には炊飯器を置けませんでした。
Rさんが炊いたご飯を全て食べ切ってしまうためです。

さらにお父様は単身赴任から土日に帰宅しても、刺激にならないよう部屋へ直行していました。

食事ができるとLINEで呼び、家族で会話をすることも刺激になるのでLINEで会話をしていました

娘さんも自然と我慢することが増えていました。

しかし、それは家族にとって"当たり前の日常"になっていたのです。

お母様『何かに困っているとは思っていませんでした。

でも今思えば、家族みんながRくんに合わせて生活していたんですよね。』



「週7日、一緒に過ごせますか?」

転機となったのは高校3年生の春、始業式翌日に支援学校の先生から突然呼び出されたことでした。

卒業後も、これまでの学校のように週5日、毎日通える生活介護を希望していましたが、Rくんの地域には週5日利用できる事業所がありませんでした。

先生から告げられた言葉は今でも忘れられません。

お母様『通所先が決まらないまま卒業したら、お母さんは週7日、Rくんと過ごすことになります。

”本当にできますか?”

厳しい言い方だったと思いますが、今思えば私たちのことを思って話してくださったのだと感じています。』

障害者グループホーム「NOIE CHIRYU」との出会い

支援学校の先生からの紹介もあり、相談支援専門員の細川さんとともに訪れたのは障害者グループホームの「NOIE CHIRYU」。

しかし、お母様の気持ちは複雑でした。

お母様『主人から”そんな顔するな”と言われるくらい、不安そうな怪訝な顔をしていたそうです。』

サービス管理責任者の木村さんも当時を振り返ります。

木村さん『確かに、最初のお母様は本当に表情が硬かったですね。』

それでも何度も話を重ねる中で、家族は少しずつ気持ちを整理していきました。

入居までに立ちはだかった大きな壁

しかし、決断してもすぐに入居できるわけではありませんでした。

当時、Rさんはまだ18歳の誕生日前。
制度上の制約もあり、そのままグループホームに入居することはできません。

相談支援専門員の細川さんは行政と何度も協議を重ね、短期入所を活用しながら誕生日までをつなぐという前例の少ない支援体制を組み立てました。

一方で受け入れるNOIE側にも課題がありました。

入居希望の問い合わせを多くいただいていることもあり、Rさんの入居予定の空室を確保できる保証はありません。

”今入居を決めなければ、部屋が埋まってしまうかもしれない。”

そんな状況の中、多くの関係者がRさんのために動き続け、最終的に家族はある決断をしました。

「NOIEは家。生活介護は学校。」


それは、Rさんの卒業を待たずに18歳の誕生日を機に学校を退学し、グループホームに入居するという選択でした。

お母様『正直、今でも学校卒業させてあげたかったという思いはあります。でも、この機会を逃したら、皆さんがRくんのために動いてくださった時間が無駄になると思い決断しました。』

そして受け入れた施設のサービス管理責任者の木村さんには、一つの強い想いがありました。

木村さん『お母さんが18年間かけて作ってきたRさんの生活リズムを壊したくなかったので、まだグループホームに入居して3ヶ月目、正直まだホームの生活にも慣れていないので周りの方々には反対されましたが半ば強引に、生活介護に通所することに決めました。』


高校時代と同じように、
朝起きて出かけ、
日中活動をして、
夕方に"家であるNOIE"へ帰る。

その生活を続けられる環境をつくりたい。

だからNOIEを"家"、生活介護を"学校"として考え、受け入れ先探しが始まりました。

最初は断られた事業所もありました。

木村さん『難しいかもしれません。と何度も断られましたがとにかく探して、探して、探して、ようやく受け入れ先を見つけたんです。』

難しいと言われても諦めず、何度も見学を重ね、Rさんの特性を理解し、さらに受け入れるための環境を整えてくれようとしてくれる生活介護事業所と出会いました。

そしてグループホーム入居から約3か月。

生活介護への通所も始まりました。

チームで積み重ねた支援

しかしグループホーム入居直後は決して順調ではありませんでした。

他害、破壊行動、不穏…。

現場のスタッフも何度も悩みました。

毎週支援ミーティングを開き、

原因、対策、対応を一つひとつ整理。

毎日の情報共有も欠かしませんでした。

「この方法なら落ち着いた。」

「この声かけが有効だった。」

小さな成功体験を全員で共有し続けました。

時には、こだわりを逆手に取った支援も行ったと言います。

木村さん『物の位置に強いこだわりがあるRさん。

少し気持ちが不安定になりかけた時、あえて職員が少しだけお部屋の物の配置を変えることで、自ら整理し直しに行く。

それによってRさんは気持ちを切り替えられることも分かりました。

それをスタッフそれぞれが見つけ出し、実際に実践して成功事例として支援MTGの場で共有した時に、同じ対応をしてるスタッフもいたんです。

そこからチーム全体での統一した支援に繋げることができました。

Rさんの支援を通して、スタッフ一人ひとりがさまざま挑戦をしていました。』

スタッフ一人では見つけられなかった支援も、チームだからこそ生まれたアイデアでした。

木村さん『Rさんが、私たちのチームを育ててくれました。』

【木村さんのチームづくりにまつわる過去の記事はこちら:https://times.visionary.day/posts/t3rzbkFg】



家族に戻ってきた"当たり前の日常"

グループホーム入居から約1年。

Rさんは今では月曜日から金曜日まで生活介護へ通い
NOIEで生活することがルーティンで、月に一度は自宅へ帰省しています。

お母様『最近は帰省すると、「NOIEに帰る。」そう話すようになりました。少し寂しい気持ちはありますが、Rくんが家庭以外で多くの人とコミュニケーションを取り、社会の中で暮らしていることは嬉しく感じています。』

最初は帰省日にはグループホームの玄関前でお母さんを待ち続けていたRさん。

今はNOIEが"帰る場所"になりました。

家族が取り戻したもの

そして、家では刺激になることを懸念してコミュニケーションを制限していたお父様も、Rさんの月に1回の帰省を楽しみにしており、関わりを持つために好きなアイスを買って待つようになりました。

お母様『娘も『Rくん今日、帰ってくるんだよね?』と話すくらい、家族みんながRくんの帰りを楽しみに待っています。』

そしてお母様自身も、飛行機で旅行へ行ったと言います。

お母様『新婚旅行に乗ったきりだったので、飛行機に乗るのは18年ぶりでした。

あとは、サンマを焼いていて涙が出たこともありましたね。


Rくんには骨の多いサンマは食べさせられないと、買うこともありませんでしたから。』

それまで当たり前ではなかった、本当に日常の小さな幸せでした。

お母様『私は、自分たちが困っていることに気付いていませんでした。

それが日常だったからです。

でも今は、家族みんなが当たり前の日常を送れています。


同じように悩むご家族へ

最後に、お母様はこう話してくださいました。

お母様『障害のある子どもを持つ親は、自分が大変だということに気付いていない人が多いと思います。

私もそうでした。

他人に預けることに罪悪感もありました。

私は、今でもあります。

でもRくんと離れてみて初めて、こんなにも頼れる人たちがいることを知りました。

NOIEさんに出会えて、家族として当たり前の日常生活が送れるようになりました。

Rくんにとっても、私たち家族にとっても、この決断をして本当に良かったと思っています。』



「支える」のは、一人ではなくチーム。

今回の取材を通して、私たちが強く感じたのは、「支援」とは、ご本人だけを支えるものではないということでした。

Rくんが新しい生活に踏み出せた背景には、ご家族の大きな決断がありました。

そして、その決断を一人で抱え込ませなかった相談支援専門員、制度の壁に向き合った行政、受け入れ先を探し続けた関係者、そして日々試行錯誤を重ねたNOIEのスタッフたち。

それぞれが自分の役割を果たし、"チーム"としてRさんの暮らしを支えていました。

現場では他害や不穏、環境の変化への戸惑い。
そのたびにスタッフは立ち止まり、「なぜ起きたのか」「どうすれば安心して過ごせるのか」を何度も話し合い、一つひとつ支援を積み重ねてきました。

その積み重ねが、Rくんの成長だけではなく、支援するスタッフ自身の成長にもつながっていたことが、とても印象的でした。

一人ひとりの暮らしの裏側には、数えきれないほどの挑戦と支えがあります。

私たちはこれからも、「現場リアル」を通して、その一つひとつを丁寧に届けていきます。


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